八ツ場ダムの中止に対して、地元の悲哀を映し出す映像が連日流れている。 大嫌いな前原ではあるが、さすがに気の毒になってくる。 八ツ場ダムの問題の根本は、地元の悲喜劇でもなく、民主党のマニフェストでもない。 「政治の責任」ということだ。 これまで、あまりにも長いこと放棄されてきたので、だれもが気がつきもしないけれども、政治には責任というものがある。 やってしまったことが、間違っていたら、間違えたヤツが責任を問われる。 ところが、日本という国は、やってしまったことに対しては、まったくと言って良いほど責任を問われない。 コイズミと竹中平蔵という、日本を壊した張本人ですら、いまだに何の責任も問われていない。 亀井金融大臣の登場は、りそな問題の解明をちょこっと期待したくなる。 もしそうなれば、コイズミ&竹中への天罰と、植草一秀さんの復権もできるのだが。 ともあれ、いまのところ、コイズミも竹中もノウノウとデカイ顔をして暮らしている。 それどころか、昼の定食を食べながら店のテレビを見ていたら、コイズミの息子のウットオシイ街頭演説を延々3分くらい垂れ流していた。 自民党総裁選のニュースなのに、
八ツ場ダムの責任とは?
9月 26th, 2009
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