クリスマスケーキ、クリスマスプディング、シュトレン 私は昭和32年に生まれた。戦争が終わって12年後。日本(というかナイチだけだが)の独立は昭和27年だから、その5年後ということになる。「もはや戦後ではない」のが昭和31年だから、本当に戦争を知らない子どもたちさ♪として育ったことになるのだが、身近の風景には戦争の記憶が滲んでいた。米軍の文化がそれを彩っていた。ランドリーゲート♪的な。 私の父母は米国的な文化に憧れた世代でもあるし、軽井沢生まれの父とその母、つまり私の祖母は外人の多い避暑地でハイカラさんよろしく自転車を乗り回して話題でもあったらしい。美人だったのかもしれない。ドイツ人病院で看護婦ではないのだろうが手伝いの仕事をしたことがあると聞いた。私が子どものころ、食事で牛乳とバターはしっかりとりなさい、と諭されたことがある。 私が生まれて一歳のクリスマスか、ゼロ歳だったか、あるいは二、三歳だったか父はホールのクリスマスケーキを買ってきたらしい。いずれ私は赤ん坊でそんなものが食えるわけはなく、父母もこりごりしたようだが、その後も子どもの頃には毎年クリスマスツリーはあっ
クリスマスケーキ、クリスマスプディング、シュトレン
12月 24th, 2008
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